汚い相撲取りは、墓穴を自身で掘る羽目となる。

稀勢の里横綱 連続場所の優勝おめでとうさんです。昨日14日目の照ノ富士は、対琴奨菊戦では一度は突っ込んでいくような格好をし、2回目の仕切りでは、肩すかしをして相手との体での相撲をせず、1勝を取り、しての汚い勝ち取り相撲人。お客さんは大関復帰を期待しての観戦もあったでしょう!!。この勝ち形に””何が文句あるのじゃー””と言われると、日本人気質からすると― それはここ日本、あんたそれ通じしまへんで――!と成るんです。何か仕切りの姿もすっきりしない人である。また、鶴竜では、左部肩に頭を当て突きでの相手の負傷部での相撲取りの横綱相撲では無い!。何してでも勝ち取りすればいいのでごあんすおっさん相撲取り人であることを観戦さしてくれた。

なぜ??。今までにない観客の割れんばかりの歓声と、歓声と!、大きな拍手が生まれたのか?それは、心の中でのすっきりしない相手相撲人への面白くない蟠{わだかまり}は、正義への心の爆発となって生じたのだ。”日本人は理解できるのです。” 国技としての相撲。神の加護のもとでの気持ちのいい相撲観戦できますように、と、願っています。

Filed under: 良心の独り言 — yoshihiro 7:15 PM  Comments (0)
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