安保問う争 を 闘する。
あれから、50年は、経過するだろうか?。岸 信介という政治家がいた。当時は、私は、若干の青二才、共産党の口車に乗って、当時の市立洛陽工高校定時制の生徒会会長と、私、文化部長との事で、全校授業をボイコットし、円山公園での、集会、”わっしょい、わっしょいと、警察官達とのつばぜりあいを、肉弾あたる青春の一時を燃焼したものだ。京都新聞の紙面には”全学級休学”と載った。今の日本、USAとの誓いを共にし、この国、北海道から沖縄間の列島を守りきれるのは、米国大国と、一緒に共に、進んでいかなくては、との考えを、してきたからの平和と言う物が在り、生活の混乱は、現在は、 ”””無””!。なのです。今、同じように、口先だけの、外交政治しか出来ていない共産党、民主党には無理です。岡田さんが最近、韓国の受信不能な朴さんに会いに行って、日本国民へ何のお土産をも持って帰っても来られませんし、只、交通費、諸費用の国民の税金を無駄使いをしてきただけでしょう。
反対をする民衆も、昔の、”安保闘争”の時とは、まったく、心の結束はできておらん。いつの間にか集まってきて、ワーワーと言って、いつの間にか消えて去って行く鳥合の衆達である。今までとうりの生活政治の形態に漬かっての、これからは??。、中国、北朝鮮、また、北方侵略で、多くの日本人が突然の死滅の憂き目で殺戮したロシアの脅威も依然あります。人は、一人では生きてはいけません。国も、一国では生きてはいけません。弁慶が矢の盾となって、牛若丸をお守りしたって、所詮、多勢に無勢、滅びるのみなのです。絵に描いた餅でお腹は膨れませんぞ!!。難民の子供は、死んだ、の現実。私は20代伊勢神宮の側の清き川で1月の時早朝、気合を入れて白衣で首まで入り、同志達と身を清める事の出来た経験出来ました。20代、一度の人生の一時に自らの心を引き締める体験もいかがなものでしょうか!!。今、なにか、残っているのは、{月100万円、領収書の要らない活動費}。。。。。。。。。会社でモノを買ったら経理がうるさく言って領収書いるでしょう!!?。